2021.06.30

おでかけ

映画『発酵する民』は「発酵」と「踊り」でつながる女性たちの物語…コロナ禍で「食」を考える【監督に聞く】

東日本大震災から10年を迎えた2021年3月。福島県や北海道などで上映が始まった、1本のドキュメンタリー映画があります。それが『発酵する民』です。舞台となるのは、山と海に囲まれ自然と人々の暮らしが調和する古都・鎌倉。東日本大震災をきっかけに、つながり、変化していく女性たちの日常を7年にわたって追いかけました。コロナ禍でわたしたちの生活が大きく「変化」するいま、ぜひとも観てもらいたい1本です。今回は、この映画にこめた思いを監督の平野隆章さんに聞きました。

「発酵」することは、変化すること



冬にはみそを仕込み、季節の野菜は漬け物にする…昔ながらの日本の暮らしには、発酵食が深く根付いています。

監督の平野さんは、「あの震災前は『食』にはそれほど関心を寄せていませんでした。だけど、震災後に『自分たちの食べる物のことをもっと考えたい』と話す鎌倉の人たちの影響を受けて、「発酵」に関心を持つようになりました」と話します。

——大豆を蒸していねいに潰してみそを仕込む。海から海水をくみ薪でおこした火で煮詰めて塩にする…。作中では季節の変わり目ごとに「発酵食」をはじめ手仕事の食品づくりに取り組む鎌倉の人たちが映し出されます。さらには鎌倉のパン店「パラダイスアレイ」や千葉県の酒蔵「寺田本家」への取材を通して、発酵がもたらす微生物の動きに焦点を当てていきます。漬けもの、みそ、日本酒、天然酵母(パン)…カメラが追いかける人たちはみな「発酵」に夢中です。その一方で、発酵にかかる時間の変化や季節の移ろいをとらえるために、「地球暦」と呼ばれる太陽系を縮小した暦が登場。宇宙からのマクロな視点も取り込み「発酵」という運動がダイナミックに描かれていきます——

「発酵って、待つことがとても大事なんですよ。なので、撮影もじっくりやっていこうと思っていました。当初は2、3年の予定でしたが、撮影に7年と、予想以上に時間がかかってしまいました(笑)」

鎌倉で動き出した人たち



(この映画を作る)きっかけは2011年3月11日。東日本大震災の発生時、平野さんが住む神奈川県でも最大深度5強の揺れを観測しました。平野さんは「今まで生きていた中で経験したことがない」揺れに衝撃を受けたといいます。その後の計画停電や放射性物質の影響などで、神奈川県も震災の「当事者である」と意識するようになりました。そんなとき出会ったのが、瀬能笛里子(せのう・ふえりこ)さんをはじめ鎌倉に住む女性たちでした。

「2011年4月に鎌倉で脱原発パレードがありました。瀬能さんたちはその中心メンバー。その後、活動の内容を『盆踊りにしてみた』と聞いたんです。なんだか面白そうだなと思って、鎌倉へ通うようになりました」



年間約2000万人の観光客が訪れる鎌倉市。「観光の街」のイメージを持っていた平野さんでしたが、通い続けるうち、社会問題や環境問題に関心を持つ人が多いことに気づきます。そんな空気に惹かれ、この映画の撮影中に鎌倉への移住を決めました。

「住民どうしでいろんなことを話せる居心地のよさを感じました。ここで新しいものが生まれているな、と感じたんです」

盆踊りでつながる人と人…発酵する人々



——脱原発運動をきっかけに、飲食店のオーナー、歌手、アクセサリーデザイナー、洋服店の店主など、さまざまな職業のメンバーが集まり「イマジン盆踊り部」を結成します。

日々の暮らしのなかから染みだした思いを唄にして、踊るのです。旧暦の正月を祝う「塩炊きまつり」。発酵食を作るなかで生まれた「発酵盆唄」。オリジナルの唄を歌い、楽器もメンバーが演奏、その楽しい調べと踊る人々の輪に誘われるように、次から次へと人が集まってきます。年齢も性別も職業も違うさまざまな人が集まり、笑顔が笑顔を呼ぶ。そんな盆踊りの不思議な魅力に、スクリーンを見つめる私たちもいつの間にか引き込まれていきます——

そこでは各々がバラバラでありながら共生し、時間をかけて「変化」していきます。

それはまさに「発酵」しているのです。

手作りみそのようなこの映画を広げていきたい



5月上旬には北海道札幌市で発酵食品など体にやさしい商品が並ぶ店舗「Agt(あじと)」で2日間の自主上映会が開かれました。平野さんによる監督挨拶も行われ、会場は両日とも満員御礼。7月上旬には東京・渋谷の「ユーロスペース」、そのあとには神奈川県・横浜の「ジャック&ベティ」で上映することが決まっています。

「ほんとうに自家製みそのような手作りの映画です。時間をかけて撮影することで、人が変わっていく姿、変化を描けるのではないかと思いました」と平野さん。コロナ禍で大規模な上映会こそ実施できませんが、映画を見た観客の言葉にできるだけ耳を傾けたいと話します。

「以前、とある方から『変わっていくことを楽しもう』という言葉をもらったんです。なにげない言葉ですけど、コロナ禍のいま、大きく社会情勢が変化する中では難しいことですよね。だからこそ、そんな風に生きられたらいいな、と思います」


お話を伺った人…
平野隆章(ひらの・たかあき)



1981年、神奈川県生まれ。鎌倉在住の映像作家。 2010年、取材・撮影・編集を担当したドキュメンタリー『宮下公園』(制作OurPlanet-TV)が、地方の時代映像祭で優秀賞受賞。2013年、編集を担当した報道ドキュメント『東電テレビ会議 49時間の記録』(制作OurPlanet-TV)が科学ジャーナリスト賞大賞を受賞。2020年、初監督作品となる『発酵する⺠』を発表した。


問い合わせ先

映画「発酵する民」公式ウェブサイト 
https://fermentfilm.com/製作・配給:福々映像
電話:090-6543-9707(平野隆章さん)
メール:blessmoment1@gmail.com
※自主上映会も開催可能。詳しくは上記までお問い合わせください。

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